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東京地方裁判所 平成9年(ワ)26838号 判決

主文

一  被告らは、原告甲野春子に対し、各自、金六〇万円及びこれに対する平成七年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社乙山は、原告甲野太郎に対し、金二四万円及びこれに対する平成七年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  被告らの反訴を却下する。

五  訴訟費用は、本訴について生じた部分は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とし、反訴について生じた部分は被告らの負担とする。

六  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨及び反訴請求の趣旨

一  請求の趣旨

1 被告らは、原告甲野春子(以下「原告春子」という。)に対し、各自、金三〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告株式会社乙山(以下「被告会社」という。)は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)に対し、金三〇万円及びこれに対する平成七年九月二一日(主位的請求)又は同年八月二一日(予備的請求)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求の趣旨

原告太郎は、被告らに対し、金一〇〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告春子が、被告会社経営の学習塾で補習授業中に被告会社の代表取締役被告丙川松夫(以下「被告丙川」という。)からわいせつな行為をされたと主張し、被告ら各自に対し、慰籍料を請求し、原告太郎が、被告丙川の右行為により、原告春子らに学習塾の授業等を受けさせる契約の目的が不到達に終わった、そうでないとしても、右契約に基づく債務が不履行になったと主張し、被告会社に対し、主位的に不当利得返還請求権に基づく授業料相当額の返還を、予備的に右契約解除を理由とする原状回復請求権に基づく授業料相当額の返還を請求し、被告らが、原告太郎の不当告訴等を理由として損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠等を掲記するもの以外は争いがない。)

1 被告会社は、学習塾「学習丁原会」(以下「学習丁原会」という。)を経営する会社である。被告丙川は、被告会社の代表取締役であり、学習丁原会の講師として授業を行っている。

2 原告春子は、平成七年九月当時、高等学校三年に在学中で、翌年大学を受験する予定であり、同月二一日まで学習丁原会の授業等を受けていた。原告太郎は、原告春子の父である。

3 原告太郎は、平成七年八月二一日以前に、被告会社との間において、原告春子とその弟甲野一郎(以下「一郎」という。)に、学習丁原会の平成七年度二学期の授業及びテスト等を受けさせる旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同年八月二一日、被告会社に対し、両名の授業料として合計三〇万円を支払った(本件契約締結の時期及び授業料支払の日につき)。

二  争点

1 本訴について

(一)被告丙川の原告春子に対する不法行為の有無

(原告らの主張)

被告丙川は、平成七年九月二一日午後九時三〇分ころ、学習丁原会の教室において、原告春子に補習授業を行っていたが、その際、「腰をもんでやる。」などと称して、原告春子を伏臥させたうえ、突然、原告春子の体に覆いかぶさり、原告春子が制止を求めたにもかかわらず、自らの顔面を原告春子の頬にすり寄せ、接吻を迫るというわいせつ行為をはたらいた。

(被告らの認否)

右事実のうち、被告丙川が平成七年九月二一日午後九時三〇分ころ、学習丁原会の教室において、原告春子に補習授業を行っていたことは認め、その余の事実は否認する。

原告春子は、日頃から被告丙川に甘えており、疲れたからといっては肩や腰をマッサージさせていたものであるが、原告春子は、当日も、被告丙川にマッサージを申し出、そのため、被告丙川は、右申出に従って、普段どおり原告春子の肩や腰をマッサージしてあげたに過ぎないのである。

(二) 被告会社の責任の有無

(原告春子の主張)

被告丙川の右行為は、同被告が被告会社の職務を行うについての行為であるから、被告会社は被告丙川の右行為により原告春子が被った損害につき賠償責任を負う。

(被告らの認否)

右事実は否認し、主張は争う。

(三) 原告春子の損害の有無及び額

(原告春子の主張)

原告春子は、被告丙川の右行為により甚大な精神的衝撃を受けた。また、原告春子は、学習丁原会の講師ら全員から、翌年の大学受験では合格は大丈夫であろうと言われていたが、被告丙川の右行為により学習丁原会に通学することは不可能となり、他の予備校に転入することもできず、受験した一〇校中、一校に補欠合格しただけで、他はすべて不合格となり、補欠合格した一校も定員に満ちたため、浪人を余儀なくされた。原告春子のこのような精神的苦痛に対する慰籍料は三〇〇万円を下らない。

(被告らの認否)

右事実は否認し、主張は争う。なお、原告春子のその当時の成績では翌年の大学受験での合格は極めて難しい状態にあった。

(四) 被告会社の授業料相当額の不当利得の有無

(原告太郎の主張)

原告太郎は、原告春子と一郎に、学習丁原会で平成七年度二学期の授業及びテスト等を受けさせることを目的として、被告会社に授業料を支払ったが、被告丙川の右行為により、原告春子と一郎が平成七年九月二二日以降、学習丁原会に通学することは社会通念上不可能となり、原告太郎が授業料を支払った目的は不到達に終わった。したがって、被告会社は、授業料を保持する法律上の原因を失ったものであり、原告太郎に対し授業料相当額を返還すべき義務がある。

(被告会社の認否)

右事実は否認し、主張は争う。

(五) 原告太郎の予備的追加的訴え変更の許否

(被告会社の主張)

原告太郎は、本件契約の解除を理由とする原状回復請求権に基づく授業料相当額の返還請求の訴えを追加したが、右訴えの追加的変更は、その時期からみて、これにより著しく訴訟手続を遅滞させるものであるから、許されるべきではない。

(六)原告太郎の本件契約解除の効力

(原告太郎の主張)

原告太郎は、被告丙川の右行為により、原告春子と一郎に、学習丁原会の平成七年度二学期の授業及びテスト等の教育を受けさせることが客観的に不可能となった。

原告太郎は、平成七年一〇月二〇日ころ、被告会社から原告春子宛てに郵送されてきた教材を、郵便で被告会社に送り返し、もって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(被告会社の認否)

右事実は否認し、主張は争う。

2 反訴について

(一) 反訴の適否

(原告太郎の主張)

原告太郎は、被告丙川に対し訴えを提起していないから、被告丙川の反訴は不適法である。

また、原告太郎の被告会社に対する本訴請求は、授業料相当額の不当利得返還請求であるところ、被告会社の原告太郎に対する反訴請求は、不当告訴等を理由とする損害賠償請求であって、本訴請求と牽連しないし、また、反訴請求を理由づける事実は、本訴請求の抗弁事由ではなく、単なる否認に過ぎないから、本訴請求の防御方法とも牽連しない。したがって、被告会社の反訴は反訴の要件を欠くものであり、不適法である。

(被告らの反論)

右主張は争う。被告らの反訴は反訴の要件を具備している。仮に反訴要件を欠くとしても、原告太郎は、平成一〇年三月二五日付け書証認否書において、乙第七号証以下第一一号証の四までの認否をしたから、反訴に実質的に応訴したものというべく、反訴は適法に係属している。そうでないとしても、反訴は、却下されることなく、本訴と分離して審判されるべきである。

(二) 原告太郎の被告らに対する不法行為の成否

(被告らの主張)

(1) 原告太郎は、平成七年九月二一日、何ら事実関係を確認することなく、警察に虚偽の通報をし、そのため、警察が深夜学習丁原会の教室に令状もなく立ち入り、無断で写真撮影までも行う事態を誘発した。

(2) 原告太郎らは、同月二六日、事実関係等の認識も矛盾錯綜し不明確であるにもかかわらず、被告丙川に対し、全く理不尽な告訴を行った。

(3) 原告太郎らは、同年一〇月二七日、被告丙川に対し、甲野花子名義で、威嚇的な記載のある内容証明郵便を送付してきた。

(4) 原告太郎は、平成八年二月二八日、電話で、被告丙川に対し、声高にやくざまがいの悪罵を投げかけ威嚇した。

(5) 原告太郎らは、同年四月三〇日、慰籍料三〇〇万円と支払済みの授業料三〇万円を二週間以内に支払わなければ法的手段を考慮する等という極めて威嚇的な通知書を送付してきた。これは、告訴を示唆し、多額の金員の支払を要求するものであり、まさに恐喝的行為である。

(6) 原告太郎らの右行為は、被告丙川の名誉を毀損し、被告会社の業務に多大な支障をもたらしたものであり、不法行為を構成する。

(三) 被告らの損害の有無及び額

(被告らの主張)

被告らは、原告太郎の右不法行為により、業務遅滞による損害として一八万四五六〇円、弁護士費用相当の損害として四五万九六八〇円、弁護士による事情聴取等に伴う人件費相当の損害として四万円合計六八万四二四〇円の損害を被った。また、被告らは、原告太郎の右行為により甚大な精神的苦痛を被り、業務遅滞を被ったものであり、その慰籍料は四〇万円を下らない。被告らは、右損害合計一〇八万四二四〇円のうち一〇〇万円を請求する。

第三  当裁判所の判断

一  本訴について

1 被告丙川の原告春子に対する不法行為の有無について

被告丙川が平成七年九月二一日午後九時三〇分ころ学習丁原会の教室において原告春子に補習授業を行っていたことは当事者間に争いがなく、右事実と《証拠略》によれば、原告春子は、同日午後九時三〇分以降も、学習丁原会の教室(コンピューター室)において、コンピューターを使用して英語の課題を行っていたこと、被告丙川は、学習中の原告春子に対し雑談を話しかけていたが、原告春子が肩が凝っているような仕草をしたところ、肩をもんでやるなどと言って、原告春子の肩をもんだこと、被告丙川は、午後一〇時過ぎころ、原告春子に対し、腰をもんでやるなどと言って、原告春子がいったん断ったにもかかわらず、原告春子を並べた椅子の上に伏臥させ、原告春子の背中から腰の辺りをマッサージし、そのうち、突然、原告春子の首に腕を回して、原告春子の体に覆いかぶさり、自らの顔面を原告春子の頬にすり寄せ、さらに、原告春子の頬に接吻するかのような仕草をし、原告春子が制止を求めたにもかかわらず、容易にやめなかったことが認められる。

被告丙川は、本人尋問の際、当日、原告春子が並べた椅子の上で横になって頬杖をついていたところ、肩が痛いといった素振りをしたので、それに従って原告春子の肩から腰にかけてマッサージし、また、その際、原告春子の頭を撫でたことがあるに過ぎないことを供述し、《証拠略》にも、同趣旨の供述記載があるが、前掲各証拠に照らして容易に採用し難い。

もっとも、《証拠略》によれば、被告丙川は、これまでも、他の講師や生徒がいる際、教室で、何回か原告春子や他の生徒に対し肩をマッサージしたことがあり、平成七年八月の合宿の際には、他の講師や生徒がいる際、伏臥した春子の背中や腰をマッサージしたことがあったが、これまで格別の問題が生じなかったことが認められるが、平成七年九月二一日午後一〇時過ぎころの状況及び被告丙川の行動は、これらの際の状況及び被告丙川の行動と同じではないから、これらの事実は右認定を左右するものではない。

右事実によれば、被告丙川の行為は、原告春子の意に反する身体的接触と性的行動であったと認められるから、不法行為に当たるものというべきである。

2 被告会社の責任について

被告丙川の右行為は、同被告が補習授業という被告会社の職務を行うにつき行ったものであるから、被告会社には、商法二六一条、七八条、民法四四条一項に基づき、被告丙川の右行為により原告春子が被った損害につき賠償責任を負う。 3 原告春子の損害の有無及び額について

前記1の事実と《証拠略》によれば、原告春子は、被告丙川の右行為により甚大な精神的打撃を受けたことが認められる。

しかし、《証拠略》によれば、原告春子は、平成七年九月当時、高等学校三年に在学中で、翌年大学の薬学部を受験する予定であったが(右事実のうち、原告春子が高等学校三年に在学中で翌年大学を受験する予定であったことは当事者間に争いがない。)、同年六月及び七月に実施された模擬テストの結果では、志望大学の合格は相当に困難な成績であったことが認められ、右事実に照らすと、被告丙川の右行為と原告春子が浪人したこととの間に相当因果関係があると認めることはできない。

被告丙川の右行為の態様、原告春子の年齢及び立場、原告春子と被告丙川との従前の間柄その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告春子の精神的苦痛に対する慰籍料は六〇万円が相当と認められる。

4 被告会社の授業料相当額の不当利得の有無について

被告会社は、本件契約に基づいて授業料を受領したのであるから、本件契約が存続する以上、被告会社の授業料の保持が法律上の原因を欠くものということはできない。

したがって、原告太郎の不当利得返還請求権に基づく授業料相当額の返還請求は理由がない。

5 原告太郎の予備的追加的訴え変更の許否について

本件訴訟の経過に照らすと、主位的請求である不当利得返還請求権に基づく授業料相当額の返還請求と予備的請求である本件契約の解除を理由とする原状回復請求権に基づく授業料相当額の返還請求との証拠資料はほぼ共通であり、後者の訴えの判断に必要な証拠資料は、既に前者の訴えの審理において取調べ済みであって、後者の訴えの判断のためにことさら審理を要したわけではないから、右訴えの変更は訴訟手続を著しく遅滞させるものではない。

したがって、原告太郎の訴えの変更は許されるというべきである。

6 原告太郎の本件契約解除の効力について

前記1の事実によれば、原告太郎は、被告丙川の右行為により、原告春子と一郎に、学習丁原会の平成七年度二学期の授業及びテスト等を受けさせることが社会通念上不可能となったものであるところ、これは、被告会社の代表取締役で学習丁原会の講師である被告丙川の行為によるものであるから、被告会社には債務不履行の責任がある。

《証拠略》によれば、原告春子と一郎は、平成七年九月二二日以降は学習丁原会に通学していないこと、原告太郎は、同年一〇月二〇日ころ、被告会社から原告春子宛てに郵送されてきた教材を、郵便で被告会社に送り返したことが認められる。右事実によれば、原告太郎は、そのころ、黙示的に本件契約を解除する旨の意思表示をしたものと認められる。

ところで、本件契約に基づく被告会社の授業及びテスト等を行う債務は可分であり、しかも既に行われた授業やテスト等によって原告春子と一郎は利益を受けていると認められるから、本件契約の解除は未履行の部分についてのみ効力を生じたものというべきである。

そして、《証拠略》によれば、平成七年度二学期は、平成七年九月初旬から同年一二月下旬までであることが推認されるので、本件契約の未履行の部分の割合は五分の四を下らないものと認めるのが相当である。

したがって、被告会社は、原告太郎に対し、本件契約の解除を理由とする原状回復請求権に基づき、授業料の一部二四万円及びこれに対する受領の日である平成七年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払義務がある。

二  反訴について

1 被告らの反訴の適否について

反訴は、本件の係属中、同一訴訟手続で合わせて審理裁判を求めるため、被告が原告を相手として提起する訴えである。しかるに、原告太郎は、原告春子の被告丙川に対する訴えの法定代理人であった者であって、その当事者ではなく、原告太郎は被告丙川に対し何ら訴えを提起していないのである。したがって、被告丙川の反訴は、反訴の要件を欠くものである。

反訴は、本訴の請求又は防御の方法と牽連する場合に限って許される。原告太郎の本訴は、被告丙川の不法行為により授業料支払の目的が不到達に終わったことを理由とする不当利得返還請求権に基づく授業料相当額の返還請求であるところ、被告会社の反訴は、原告太郎の不当告訴等を理由とする損害賠償請求であって、両者には権利関係の内容や発生原因において共通点はない。また、反訴の請求原因は、本訴の請求原因である不法行為の否認を前提とするものの、別個の事実を理由とする不法行為であって、本件では本訴の抗弁は提出されていない。したがって、被告会社の反訴は、反訴の要件を欠くものである。

2 なお、被告らは、原告太郎が、平成一〇年三月二五日付け書証認否書において、乙第七号証以下第一一号証の四までの認否をしたから、反訴に実質的に応訴したものというべきであると主張するが、原告太郎は、反訴に対し、応訴をしないまま、平成一〇年一月二〇日に提出された同日付け準備書面において、反訴がいずれも不適法である旨を明確に主張しており、右準備書面は、反訴状が陳述された同年三月一〇日の本件口頭弁論期日において、同様に陳述されているのであるから、右書証認否書において右の認否をしたからといって、反訴に実質的に応訴したものと解し得ないことは明らかである。

3 そして、反訴がその要件を欠く場合には、終局判決をもってこれを却下すべきものである。

第四  結論

よって、原告春子の本訴請求は、被告ら各自に対し、慰籍料六〇万円及び不法行為の日である平成七年九月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告太郎の本訴請求は、主位的請求は理由がないから棄却し、予備的請求は、授業料の一部二四万円及びこれに対する受領の日である同年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、被告らの反訴はいずれも不適法であるから却下する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年一〇月二〇日)

(裁判官 丸山昌一)

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